ウェブマガジン カムイミンタラ

1997年05月号/第80号  [ずいそう]    

可愛い親には旅を
赤城 由紀 (あかぎ ゆき ・ 消費生活アドバイザー)

老齢人口の仲間入りをした両親が、そろって海外旅行に行くと言いだしたのは5年前。祖母の介護生活の長かった両親にも、やっと解き放たれた時間ができたことにありがたさを感じ、快く留守をかって出ました。

ところが、常に実家にいるのがあたりまえと思っていた両親が、旅に出ることになったから、大変です。「万が一」に備えて、財産はどこにどうしてあるとか、遺言状はどうなっているとか、金庫の暗証番号や鍵の隠し場所など、ふだんは気にも止めていなかったことを一つひとつ教えてもらっているうちに、だんだんと気持ちが深刻になり、こんなことなら家でじっとしていてほしいと思ってしまいます。

準備万端で両親が出かけた後も、留守宅を預かる私には落ち着かない時間が続きます。今ごろ汽車に乗っただろうか、飛行機は無事飛んだだろうか、重い荷物を持ち歩いて大丈夫だろうかと、心配は尽きません。

緊急ニュースのテロップが流れはしないかと、テレビはつけっぱなし。恋人からの電話を待つように、落ち着かない虚ろな時間を過ごします。そんな時間の使い方に自分自身疲れ切ったころ、母から明るい声で、のんきな電話がかかってきます。まるで、修学旅行先から電話をかけてくる子どものようにはしゃいだ声に、安堵(あんど)します。

こうして心配しながら旅立ちを見送ること数回。今では送るほうも送られるほうも馴れたものです。「万が一」などということも頭の片隅にもあるかないか程度で、「可愛い親には旅をさせよ」とばかりになりました。

アメリカでは高齢者のことを「クロノロジカリー・ギフテッド・パーソン(歳月の恩恵をより受けている人)」という言い方もするようです。両親に限らず、より長く歳月の恩恵を受けながら、旅をする喜びを少しでも多くの人に味わってほしいと願います。

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