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1993年09月号/第58号  [ずいそう]    

北海道南西沖?
中野 美代子 (なかのみよこ ・ 北海道大学言語文化部教授)

7月12日夜、奥尻島および渡島半島西海岸にて発生した地震と津波は、まことに悲惨なものであった。この悲惨な天災を記憶すべく、気象庁が早速に命名した「北海道南西沖地震」というのが、私には不満である。なぜ、もっと明確に、「奥尻島沖地震」ないしは「渡島半島沖地震」、あるいは「奥尻・渡島沖地震」といったぐあいに地名を織りこもうとしなかったのか、と――。

近年、北海道周辺で発生した地震に限定しても、1940年の積丹半島沖地震、1952年の十勝沖地震、1968年の十勝沖地震(これは震源域からして、むしろ「青森県沖地震」と名づけるべきだったろう)、1993年1月の釧路沖地震など、すべて地名を織りこんでいるだけに、記憶を具体的に喚起するのに役立つ。

しかし、北海道南西沖となると、2つの解釈が成りたつ。1つは、北海道内の南西部(つまり渡島半島だが)の沖であり、今回はたしかにこれに該当するが、いま一つは、北海道から見て南西方向の沖合い、すなわち、具体的には、青森県ないし秋田県の沖とも解釈できるのである。つまりは、あいまいな表現なのであり、今回のような悲惨な天災を永く記憶に留めるべく、不適切であるというほかない。

近ごろ、「……のほう」という表現が耳につく。「お飲みもののほうはいかがいたしますか」「お支払いのほうは現金でお願いします」「お部屋のほうは543号です」等々、「のほう」がなくとも成立する。どうやら、ぼかしをかけた丁寧語になりつつあるらしい。

また、「点」は「部分」に取って代わられた。「この部分についての御意見は?」「理解できない部分もありますが」等々、もともとは「点」といっていた。点は、鋭く一点を指す。それを避けて、「部分」に拡大し、ぼかしをかける。あいまいな表現が瀰満し、そのついでに意識もごまかす。政治家たちのことばのようだ。

北海道周辺の地理にもどるなら、無反省のまますでに定着したかに見える「北方領土」ということばが、地名を明示せぬぼかしをかけた表現の代表であろう。このことばについての私見の詳細については、拙著『辺境の風景―日本と中国の国境意識』(北大図書刊行会刊)を参照されたい。

さて、「北海道南西沖地震」ということばは、すでに起こった悲惨な天災についての明確な記憶を失わしめる危険を帯びている。地名を明示した表現に改めるべく、関連機関に強く要望したい。

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