ウェブマガジン カムイミンタラ

1984年05月号/第2号  [ずいそう]    

旅の街角に立って
達本 外喜治 (随筆家)

五彩にあやなすネオンの花が夜ひらくとき、街角には独特の匂いが立ちはじめる。函館には函館の匂い、小樽の街には小樽の匂い、札幌の薄野かいわいには、札幌の夜の匂いがただよいはじめる。

それは、その町の人情や風物のおもかげともつながる。ツブ焼きや、トウモロコシの醤油のこげる匂いも、旅人をなぐさめるたそがれの匂いのひとつであろうか。

旅のなつかしさは、味覚の記憶からはじまるともいえる。札幌では、北国独特の魚介類を食べさせる店がずいぶんと多い。それにしても、雰囲気を発散させるため、腐敗臭のある生魚を客の前にならべるのはよくない。

もうひとつ、暗いたべもの屋の多いことが残念だ。よく注意すると、イカ焼のなかから、米つぶほどの寄生虫を見かけることもよくある。これは吸虫、線虫仲間で、人間には害はないのだが、やはり不潔である。虫づきのおまけとはいささか閉口する。鮮度をかくすために暗くするのではなかろうが、きたならしい味覚では、ハナも舌も承知はしない。

さて、魚臭の本体は、トリメチルアミンというもので、こいつがピペリジンを従えて、街中をとび廻って歩くわけである。鮮度が悪くなると、ヒリッと刺すようになるのは、ヒスタミン系のものである。これはプトマイシン(有害物質)の一種で、ハナをつく魚臭がひどかったら、中毒こそおこさずとも、多かれすくなかれ、旅人は金を払ってこいつを郷土料理店で食わされているわけだ。

夜のさかり場は、快楽と不潔にまみれるところではなく、北国の味覚をおおいに摂取して、美しい旅の匂いの記憶を残すところと、こころがけたいものだ。

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