ウェブマガジン カムイミンタラ

1986年09月号/第16号  [ずいそう]    

ちゃんぽん
工藤 欣弥 (くどう きんや ・ 道立三岸好太郎美術館長)

長崎へ着いての2日目、名物の「ちゃんぽん」を食べてみようと考えた。長崎の味をガイドブックで調べたら、まず「卓袱(しっぽく)」とある。だが「1人前6千円、税別、2人前からの予約」というのでは、財布の軽い1人旅ではどうにもならない。

その日の昼前に乗った観光バスでガイドさんが、ちゃんぽんを食べると3度びっくりすると説明した。最初は量の多いのに、2度目は食べてうまいのに、そして3度目は値段が安いのに、と。そこでまたガイドブックを開いたら、大浦のS楼はちゃんぽんの元祖といわれる店とある。夕刻、腹の空きぐあいをはかって出かけた。

S楼は、堂々たる店構えであった。玄関に半纏(はんてん)を着た下足番がいる。女中さんが畳に座わり「いらっしゃいませ」とあいさつする。通された部屋が床の間のある10畳間。ガラスの入った障子の向こうに、庭らしいのが見える。

これは高いぞ、と覚悟をきめた。いまさら逃げも隠れもできない。お茶を持って女中さんが入ってくる。まずビールを注文し、置いていったメニューを見た。3千円とか4千円とかの数字ばかりが目につく。

持って来たビールがサッポロであったのがうれしかった。「ぼく札幌から来たんです。どれがうまいか、ご推奨のものを教えてください」というと、そのあまりお若くない女中さん、「それだったらこれになさいまし、当店が元祖なんです」と指さしたのは、金700円ナリのちゃんぽんであった。

うまかった。塩ラーメンをこってりさせたような味で、貝とか野菜とかがいろいろふんだんに入っている。麺(めん)のできぐあいもラーメンとちがってうまい。食べきれぬほどの量で、“これで700円は安い”と書くとS棲の回し者みたいだが、何よりうれしかったのは、旅行者と見て高いものを押しつけず、ほんとうに安くてうまいものを食べさせてくれた、かのあまり若くはない女中さんであった。

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