ウェブマガジン カムイミンタラ

2003年05月号/第116号  [ずいそう]    

美瑛の丘を吹きわたる春の甘い風
竹川 征次 (たけかわ せいじ ・ 丘の上の小さな美術館館長)

北海道に移住し、美瑛に来て3度目の春を迎えようとしている。そんな中で、「春の来るのが待ち遠しいでしょう」とか、「嬉しいでしょう」とかよく聞かれた。でも、自分には、何となくぴんとこなかった。零下30度にもなるほど寒さは厳しいし、買い物もままならないほど1人暮らしは大変である。しかし、そんなに春を待って暮らしていただろうか。

不思議なものである。余裕というか、親しんでくると、自然に対する観察力が出来てくる。春の風が甘く感じるのである。4月に入るとてきめんで、風の匂いがかぎたくて、何度も窓を開けたり外に出てみることとなる。心から清々しい風を感じる。

これまでは、「春が待ち遠しいでしょう」と聞かれると、「別に。私は雪景色が好きですから」等と応えていた。今年になって、聞かれた返事に「それよりも春になると風が甘くなりませんか」って聞き返してみた。すると相手は「はっは」と笑った後、「それそれ、春を待つ気持ちが大きくなると、風まで特別なものに感じるわけよ」などと言う。別に、意地を張っていたわけではないが、体が恋こがれていたのだろうか。

丘の上の美術館はまだ雪の中である。正面には大雪山系が居並び、左に旭岳、右に芦別岳が眺められる。そして振り向くと、美瑛の雪の丘なみがどこまでも広がっている。左から黄金色に輝きながら日が昇り、右にまっ赤に空を染めながら日が沈む。東京暮らしでは考えられない景色である。しかし、吹雪の時はごうごうと雪が逆巻き、まっ白な無限の世界に孤立する。そんな時は、過ぎ去った青春の想い出がわき上がる。

今、横浜から連れてきた柴犬が、パチパチと音を立てて燃える薪ストーブの前で、お腹を出し足を伸ばして寝入っている。そして、友人の桑山(くわやま)賀行(よしゆき)氏の彫刻作品が、春のお客を夢見て静かにたたずんでいる。人けのない館内に、甘い香りが充満し始めた。長かった雪の冬が終わろうとしている。

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